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カテゴリー「書籍・雑誌」の105件の投稿

年の瀬の挨拶に代えて

本年は一冊も著作を刊行できず、読者の方々には大変申し訳ないことでした。

新シリーズの立ち上げはとても難しく、次が出せずに終わる作家が多いことをヒシヒシと感じました。
魔法の材料ございます6巻の印税収入は全て、東日本大震災被災地の復興にあてると宣言して3年弱。
経過報告をいたします。

初版印税 全額:日本赤十字社「東日本大震災支援」
重版・電子版印税
うち10万円:東京都羽村市に「ふるさと納税」(瓦礫受け入れ支援のため)
うち10万円:茨城県大洗町に「ふるさと納税」被災地復興支援
発行部数と印税率が分かってしまうため、初版分の金額は明かせないことをご理解ください。

シリーズが完結したためもう重版はないでしょうし、電子版もそれほど出ておりませんので、そろそろ出尽くしましたか。
お陰様で合計100万円は越しました。

来年は新刊を出すぞ、と気合いを込めて。
それでは皆様、よい落としを。

物書きゆえの職業病

魔法の材料ございますでデビューして、一応僕はプロの物書きとなったわけです。
でもそんな時期から、ある現象に悩まされるようになりました。
小説やマンガなどが、今までのように楽しめなくなった。
アニメとかドラマを見ているとやたら疲れる。
いったい僕はどうしたのか?
明治の文豪の作品を読んでいるとき、その理由が分かりました。

無意識のうちに作品を添削していたんです。

「中高生にこの表現はないだろう」
「当時の常識は説明されなきゃ理解されないよな」

自分の原稿を読み返すがごとく、僕は逐一突っ込みを入れていたのです。
小説やマンガなら自分のペースで読めますが、映像は勝手に流れてゆきます。
そりゃ疲れるわ。
もう脳が普通の人と違う働きをするようになってしまったのです。
普通のおっさんにはもう戻れません。

それからストーリーがあるものはゲームだろうと避け、気晴らしの読書は実用書や資料。
ゲームもRPGやアドベンチャーではなくアクション、具体的にはモンハン。
今まで一番好きだった、小説を読む楽しさが、失われてしまいました。
職業病と言いましょうか、業と表現しましょうか。
まさに修羅の道です。

しかし現状の作品を無視していては、ありきたりなままで終わってしまいます。
それ以上に、巷にあふれる作品群が読めないなんて悲しすぎます!

どうにか小説を読めないか苦心した末、昨日から音読をはじめました。
自分の原稿を添削するとき、僕は音読します。
リズムが悪いとすぐ分かりますし、同じ単語が近くにあると見つけやすいこともあります。

音読をしてみると、時間はかかるが読めます。
そして自分の原稿のように、あちことにチェックします。
電子書籍なので赤ペンチェックはできないので、心の中で添削です。
そうして読んでいて、ふと気づきました。
自分は今、この作品をより良い形にしようとしている。
もちろん、僕より優れた人の書いた作品ですから、僕ごときがそれ以上にできるわけがない。
でも「僕ならこうする」という個性の確認はできます。
○○さんが書いたから○○流になるように、葵東が書いたら葵東流になるのです。
そして、作品をよりよくするために読むと言えば、それは編集さんがやるじゃないですか。

人間の脳は読むときと書くときで使う部分が違う。
これは僕が体感したことですが、書くときは自分は物書きになるわけです。
では読むときは?
職業病で、もう僕は読者には戻れません。
ならば、添削をする編集になればいい。
編集として、この作品をどうするか。
その視点なら僕はより深く作品を読むことができるのです。

今日気づいて、僕はまた小説を楽しめるようになりました。
今までとは違う、まったく新しい読書の楽しみです。

なんだかレベルアップした気分になりました。

魔法の材料ございます完結しました!

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デビューから足かけ四年「魔法の材料ございます」シリーズがついに完結の運びとなりました。

ひとえに、シリーズを応援してくれた読者の皆様たちのお陰であります。

心から感謝いたします。

さて、僕は物語を書くにあたり、推敲をしません。

推敲とは国語の時間、作文の授業で習ったことでしょう。

三省堂の大辞林ではこうされています。

「詩文を作るとき、最適の字句や表現を求めて考え練り上げること」

唐の時代にある詩人が推の字にしようか敲の字にしようか悩んでいたところ、偉い詩人さんから敲がよいと教わったという故事からできた言葉です。

国語の先生は大切なことのように教えてくれました。

でも僕は物語を書くにあたって推敲なんてしません。

驚きましたか?

でも不思議なことではないのです。

なぜなら物語を書くことは、作文を書くこととは、まったく別の作業だからです。

今はどうか知りませんが、作文を書くとき僕は先生からこう言われました。

「好きなように、感じたまま書きなさい」

でも、好き放題に自分がした悪行を羅列したところで、待っているのは生活指導室です。

作文とは、極言すれば「自分がいかに良い子であるかを伝える宣伝」なのです。目的は先生のから評価を得ること。面白さなんてまったく関係ありません。

一方、物語は不特定の読者に読んでもらうことが目的です。

ひと口に読者といっても、人間が本を書棚から取りだす目的は様々です。

笑いたい人もいれば、悲劇に胸を熱くしたい人もいる。推理で知的刺激を得たい人がいれば、エロを求める人もいる。冒険にワクワクしたかったり、恋愛でドキドキしたかったり。

そして手にした本が目的に沿ったものでなければ、読者は最強の札を切るのです。

本を棚に戻す。

読者はいつでも読むのを止められます。だから物書きは、読者を引きつけるために工夫を凝らさねばなりません。そんなことが「好きなように、感じたまま」で出来るわけがない。

ましてや推敲とは詩という極めて少ない文字数を扱うのに使われる言葉です。

長編ストーリーになるほど全体の構成やキャラクターの魅力などが重要となり、一言一句の持つ重みは相対的に下がるのです。

では僕が原稿を直さないかと言ったらさにあらず。僕の改稿はハンパじゃありません。

プロットが通って最初に書いた原稿を初稿と言いますが、それを編集さんにチェックしてもらいます。

そして打ち合わせでどう直したらいいか、徹底的に話し合うのです。まとまるものもあれば、保留になるものも、ボツになるものもあります。

打ち合わせが終わったら、チェックされた原稿をディスプレーの横にぶら下げ、それを見ながら冒頭から全部書き直します。

そう、もう一度最初から最後まで全部書き直すのです。一言一句など気にしていられません。勢いで書きます。

そして出来た原稿をもう一度編集さんにチェックしてもらい打ち合わせて、また最初から書き直しです。

一本の小説を書き上げるのに、僕は最低三回は通しで書いています。

なぜそんな手間を?

人間の脳は複雑です。そして仕事にするほど文章を書いている人ならわかるでしょうが、読むときと書くときとでは、使う脳の部分が違うのです。

大量の文章を書いて脳が疲れたあとでも読書ができるのは、そういう理由です。

投稿時代、僕は書き上げた原稿を印刷して、音読しながら赤ペンでチェックし、それを見てまた書き直すという練習をしていました。

これはプロの小説家から教わった練習法です。

「素人作家が手を抜いてどうする?」

と指導され、労を惜しまず修業をしたものです。

それが今も続いているのは、プロとして僕はまだまだ駆け出しだからです。

尊敬する某有名作家さんは、そのまま校正に回せるほど完成度が高い初稿を出します。その領域に達するには、今も素人同然だと思っていなければ、とてもとても。

それに僕は書いているときにアイデアが湧いてくるタイプです。そしてそれ以上にアイデアが湧くのは、編集さんに原稿を渡したあと「しまった」と後悔するときです。

書いているうちにアイデアが浮かべば盛り込み、原稿を送付してからの後悔はメモします。そして編集さんとの打ち合わせで切った貼ったをして、脳内でもう一度構成しなおして、頭から書き直すのです。

大変だと思われるでしょうが、僕はこの改稿作業が大好きです。だって作品がどんどん良くなっていくのですよ? 原石が宝石に磨かれていく過程の楽しさは、作者と編集者だけしか知らない喜びです。

そうして第三稿あたりが外部校正を経て著者校正となります。そのときくらいですね。一言一句を気にするのは。

そのときの注意点も、いかに美辞麗句を並べるかではなく、いかに中高生がスムーズに理解できるか、です。

推が敲になったところで、物語の面白さにどれほど影響します?

それよりもわかりやすさの方がはるかに大切です。

時間を忘れて作中世界に入れることが、物語を読む一番の楽しさじゃないですか。

僕は子供の頃、そんな物語に夢中でした。

でも偉い人たちは国語の教科書に載るわかりにくい作品を褒めます。

あるとき僕の好きな物語が教科書に載りました。後半部分だけ……

物語に対する冒涜ですよ。

前半の積み重ねがあるから、後半が輝くのに。

「教科書を作る人たちはストーリーという概念さえ怪しい連中だ」と、子供ながらに理解しましたよ。

僕は文学部に行かないどころか、文学の概論さえ知りません。そうした学問を身につけた人たちが「好きなように、感じたまま」書けと言い、つまらない教科書を作っていると思うと、意味のないことだと思いまして。

僕は教科書に載るような作品なんか書きたくないし、載せてもらいたくもない。

腕が悪い調理人に、製魂込めた食材を生産者が卸したいと思いますか?

ましてや「このときの作者の気持ち」なんて、愚問など出されたくない。

僕の気持ちは冒頭から巻末まで首尾一貫「読者に楽しんでもらいたい」だけです!

とまあ、作文と物語とは、まったく次元が違う存在なのです。

どちらが良いか悪いかなどではなく、異質で相容れない存在です。

推敲に使う労力があれば、いかに読者を作中世界へ誘うか、に注いできました。

そうやって三年半続けました「魔法の材料ございます」シリーズは、いかがだったでしょうか?

読んでいるといつの間にか時間が経っていた。

そんな体験をしていただければ、作者にとってこれ以上の喜びはありません。

長い間の応援、ありがとうございました。

作品が出来るまで

久しぶりに作品の話題です。

初稿というのは、最初に編集さんに渡す原稿のことを言います。
チェックを受けて直して再提出するのが2稿、以後3稿、4稿、これ以上だと「勘弁してください」になります。
ベテランになると初稿をそのまま校正(誤字や表記などのチェックをする)に出せるほどの方もいます。
そこまでは行かないにしても、普通はそれなりのものを初稿といえど出すわけです。
プロですから当然と言えば当然。
でも中には、それができなくてもプロになった者もいます。
はい、僕です。

僕は書きながらアイデアが浮かぶタイプなのです。
そのためあらすじで作品を説明するプロットでは十分にアイデアが出ません。
そのため大まかな方向ということでOKをもらったら、勢いに任せて書きます。書きながら考えます。
そうして出来たのは殴り書き。これを誤字脱字などをチェックして「理解してもらえるレベル」にして編集さんに送ります。
書いていると脳が沸騰して思考力なくなります。その状態だともうどうあがいてもそれ以上のレベルにはできないのです。
そんな初稿ですから、チェックする編集さんは大変です。
当然ながら膨大なチェックが必要となるわけです。
すみません。本当にすみません。
でも、僕にとってそのチェック待ちの冷却期間にまたアイデアが湧いてくるのです。
返ってきた直し入り原稿をパソコンの脇のデータホルダに立てて、2稿を頭から打ち始めます。
ファイルの訂正? 何それ美味しいの?
一から全部打ち直します。
カーソル動かしてデリートとかしている暇に、その倍は打てます。
打鍵速度はチャットで鍛えてました。それが高じて投降時代には腱鞘炎になるほどに。
冷却期間に湧いたアイデアを盛り込むと同時に、書きながらさらに考えアイデアを入れ込みます。
完成したらまた誤字脱字をチェックして送ります。
また編集さんから戻ってきたら、また一から打ち直します。

原稿を見ながら打ち直すやり方は、パソコン通信時代にプロ作家からの「練習法」として学びました。
「プロはやらないが、練習にはなる」
とされた方法を、プロになった今も墨守しているのです。
なぜ?
その方が面白くなるからです。
どうも人間の脳は「読む」とき使う部分と「書く」とき使う部分が違うようです。
つまり「読みながら書く」と両方使えて通常の三倍面白くなるという不思議な話。
さすがに3回やるともう時間がないから、細かい直しをファイル修正して、4稿で校正さんに回すパターンですか。

歴代編集さんには本当に負担をかけて申し訳ありません。
でも、編集さんしか知らない「作品がどんどん良くなる」楽しみもあるから許してください。
それだけ編集さんに負担をかけるから、僕は締め切りは厳守します。
体調を崩して一回だけ発刊がひと月延びた以外、ずっと魔材はペース維持です。
読者の皆さんが続きを待っているのですから、遅らせるわけにはいきません。
品質、ペースはキープする。でも手間がかかる。

日々成長はしておりますので、どうかご容赦を。
これからも魔法の材料ございますをよろしくお願いします。

魔法の材料ございます初期設定

長らくブログを停止していて申し訳ありませんでした。

魔材の設定データを見直しておりまして、初期はどう考えていたかを現状と比較してみます。

まずは舞台背景です。

社会
 ドラゴンなど幻獣がいて、魔法が当たり前。誰でも使えるわけではない、特殊技術。
 町なら占術師くらいいる。癒術師は医者がわり。攻撃魔法を使う魔導師は少数。
 セキュリティ会社のように、魔法罠屋がある。
 魔法が普通にあるので、魔法材店が成立する。
 ドラゴンに家畜や人間が襲われるので、人々は竜殺しを英雄とする。
 ギルドがある。
 多数神
 魔導師と神官は仲が悪い。魔界は神の力がおよばぬ領域。
 かつて魔導師たちが相争う時代があり、文明が滅びかけた。故に神殿は魔法を悪しき力と排斥する。
 一方で生活に根付いた魔法は生き延びる。
 日陰者だった魔法使いの地位を上げたのはドーク
 365日 30日の12ヶ月 5日の祭日
 12刻

これらの設定はシリーズを通して変わってませんね。
一年を365日にしたのは、現実と年齢換算を統一するためです。
5日の祭日は新年、春分、夏至、秋分、冬至です。
一年は新年に始まり、冬至に終わります。
日本の四季とは若干ずれますが、それは余所の国のお話ということで。

ドーク魔法材店
 三代続いた創業27年の魔法材店の老舗。質が良いので評判。店主が品を見る目がある。
 単に魔法材料を売るだけでなく、調材して付加価値を高めることをサシャがやらせて利益率を上げている。
 二階建て一戸建て。二階は奥だけで居室。 地下に倉庫がある。魔法材料は「全部売り払えば城が建つ」
 それでも借金が残っている。
 セキュリティは万全。魔法罠で厳重に守られている。
 正面カウンターには魔法障壁。客を狙う魔法罠多数。無理強いする客を追い返すため。
 店の表側半分は建て直されているため、新しい。
 魔法罠は罠術師が仕掛けている。
 魔法学校の生徒がときおりからかいに来る。
 父親が賢者の石をあつかったこともある。
 間口は狭く、二間ほど。裏庭があって、そこで三代目は作業する。
 周囲は空き地。そこでサシャが薬草を栽培している。

この設定も変更ありません。
魔法学校との絡みが活かされてませんね。


クラウト王国
山岳地域からの流人が興した国。建国三百年。工業技術と商業が盛んな国。
クラウト商人は敵対国家でも乗り込むほど商売熱心。通貨は他国で通用するほど信頼がある。
国は富み、二百年間対外戦争は行っていない。裏で策謀をめぐらせているからである。
ルガーン帝国と建国以来の宿縁であるが、商業で支配下に置いた地域を分離独立させる作戦で緩衝地帯を得る。
王家の紋章はユニコーン。そのためユニコーン狩りは国内では禁じられている。
祖先の地である山岳で信仰されてきた天空神を王侯貴族は信仰している。
庶民の信仰は自由で、主に大地神、富貴神、戦争神、工芸神の信者が多く、海辺では海洋神信仰が強い。
魔法使いが様々な技術により人々の生活に浸透している。医者の代わりに癒術師、占術師、薬術師など。


某商業ファンタジーはドイツをモチーフにしているそうですが、僕はイタリアを意識しました。
中世ヨーロッパは閉塞的で文明も衰退していましたが、地中海貿易で東方と交流していたイタリアの海洋都市国家は華やかだったのです。
迷信深い他地域に比べイタリアの都市国家はかなり現実的で、現代日本人と感性が近いから読者に違和感をだかせずに済むとの判断です。
海外文学でも日本人になじみがない習慣とかでまごつくことを思えば、読書初心者向けのライトノベルでは舞台は特別でも人間は身近にしませんとね。


マルヴドークの町
壁の周囲は1キロ程度の小さな町。人口五千人程度。
マルヴがドークに救われたことから、町名変更
参事会で方針を決める。商人たちと二つの聖堂の神官長、魔法学校の校長、三代目も参事。
正門から大通りを抜ければ中央広場にドークの石像が。左右に対立するふたつの神の聖堂。背後にドークの店。
神はドラゴンを退けなかった。倒したのは魔導師ドーク。この町では神よりも英雄が上だ。
魔法使いが尊敬され、町の規模としては異例の魔法学校がある。普通学校はない。神殿で読み書きを教える。
商人の富貴神と、農民の大地神。常に反発しあい、町を二分していた。
三頭のドラゴンの襲撃を受けたときも連帯できず、市民たちも見限ったほど。
それを救ったのはドーク。そのため二つの神殿と、魔法を支持する市民との三派に分かれている。
参事会 領主の代官が参事長で二神殿、魔法学校、各ギルド代表、ドーク魔法材店店主ら一四名で構成される


最近ドークの像を忘れている自分にびっくり。
大地神の信者は町周辺の農民なので、その辺は変更しました。
中世ヨーロッパで5000人は結構大きな町になります。それだけクラウト王国は国力があるという設定です。
魔法学校はあちこちにあるつもりでしたが、後に一カ所に変えました。魔法使いの数を当初より減らしたからです。マルブドークの町は例外的に魔法使いが多いのです。


魔法使いと神官
魔法使いは魔力こそこの世の根元としており、神々は魔族同様、異世界からの干渉者と見なしている。
神がこの世を創造したとしている神官は、魔力は神に背くための力として、魔法使いを迫害している。
創造神話は六千年前としているが、魔法使いは石器時代の痕跡は2万年前からあると主張。動植物の化石から、この世は数億年前には存在したとしている。六千年前なのは、文字の発明がそのころだからで、実際は五千年前から神の干渉は始まった。
クラウト王国では連盟設立とドラゴン討伐の功により、魔法使いが王宮から市民として認められた(ドークの葬儀に勅使を送った)。


魔法については「「汎神論」ならぬ「汎魔論」です。
根源の力とは電子や陽子を構成する素粒子を結びつける力、と解釈してくだされば結構です。
だから大量の魔力が注がれると原子の活動は活発になり(加熱。3巻で鉄筋で焼き切れた)、それを越すとプラズマ状態になります。これがドラゴンの炎(ブレス)です。


魔法使い連盟
ドークの提唱により発足。
差別される魔法使いへの支援、不良魔法使いへの懲罰など魔法使いの地位向上を目指す。
連盟で働く魔法使いにはドークの蔵書が読める。
死んだ魔法使いの蔵書は全て魔法使い連盟が引き取り(遺族には補償)蔵書に加える。
禁忌事項ふたつ。生命探求と政治参加。もちろん戦争行為は御法度。
ただし、自分の居住地を守ることは例外的に認められている。だから町の守備隊や参事にもなれる。


閲覧権の単語こそありませんが、その設定は最初からありました。
生命探求についてはシリーズにはまだ出てません。


魔法
L0 魔法薬(魔法材を組みあわせる)を使う。素人でも可能。
L1 自らの魔力を使える。魔法薬の威力倍増。癒術師、占術師、呪術師、妖術師。駆け出し魔法使い。
L2 四大元素の魔力を使える。魔法使い。
L3 魔界の力を導ける。魔導師。
魔界の力は制御が難しく、治癒などの繊細な作業には不向き。魔導師は攻撃系が多い。
ドラゴンはL2。
L3は魔界から力を導くことに自らの力を使うので、魔法生物であるドラゴンよりはるかに魔力が弱い人間でも抗しうる。
魔獣は魔界の生命。かつて魔界とつながった際に来た。
魔力は何にでもある。俺にも、君にも、そこらの石にでも(汎魔論・精霊の力)。ただ、他に影響するほど強くはない。そして、使うのは難しい。泳げる奴もいれば、泳げない奴もいる。魔法は泳げる奴が少ないんだ。
死者の復活は不可能
雰囲気魔法 対象の周辺の空気を変質させ、眠気、倦怠感、嚔、嘔吐、などを催させる。
付与魔法 本人もしくは他人に動物の能力を付与する。梟の目、狼の脚、鷹の翼
剣や鎧などに力を付与し、風や火の属性を与える。
攻撃魔法 火炎、雷、氷片などを放つ。
治癒魔法 対象の快復力を増強させることで傷、火傷、骨折などを治す。


この頃は魔界とこちらが繋がっていて、魔獣はそこから来たとの設定でした。つまり魔獣は異物だったのです。
でも人間だって魔法が使えるんだから、動物が使えても不思議じゃない、と変更しました。
治癒魔法についてはかなり限定しました。魔法が万能だと話が詰まらない。制限された中で頭をひねることがやりたかったのです。
そして重要なのが「死者の復活は不可能」です。リセットはありません。死んだらそれまでなのは現実と一緒です。さもないと「死が軽くなる」からです。
そういう意味でウィザードリーというゲームは画期的でした。死者を蘇らせる魔法はありますが、失敗するとキャラが削除されるというマゾゲーぶり。でもはまりましたよ。攻略本なしで方眼紙にマッピングしてましたし、その流れで女神転生というまたマゾゲーを悪魔合体まで全部自分で解きました。


キャラの設定についてはネタバレになりますので、非公開です。

投稿作を書く前にこのくらい決めていました。
完成作も初期設定そのままです。
1巻の書き直しでもキャラの立て方がメインで、設定はいじりませんでしたし。
ただ、この時点で魔神はありませんでした。
魔神を思いついたのは”彼女”が死んだ理由を考えているとき、投稿作を執筆する最中でした。
僕は書きながらアイデアが湧いてくるタイプなのです。

公開した以上、これを参考あるいは丸ごと利用されても構いません。
元ネタとして紹介していただけると作者が喜びます。

出版社の抵抗

Amazonさんに対して出版社が抵抗していますね。
Twitterで見ると理解できないとかの発言がまま見られます。
出版社は損をしないから、と。
でも電子出版に舵を切り換えることが簡単だと思っている人は、ちと物の見方が狭いとおもいますよ。
そりゃあいずれは電子出版が主流となるでしょうが、その過渡期をどうするか、これは重要です。
電子出版が主流になった場合、まず印刷会社が壊滅します。今まで自社の本を印刷してくれた会社を見殺しにするような出版社とは、僕はお付き合いしたくはありません。
同じことから取次店や書店さんも同様です。
出版という生産から販売までチームを組んできた仲間を、おいそれと見捨てるなんて日本人には簡単にはできません。
ましてや僕は今までお世話になった身です。
他にも執筆者として飯を食べてきた人たち、今まで世話になった業界に後ろ足で砂を引っ掛ける真似などできますか?
アメリカが自由競争の社会と思ったらとんでもない。世界でも有数の保護主義ですから。
昭和に日本車がブームになったとき、アメリカは政府を通じて総量規制かけさせましたよ。
そんなアメリカの企業が調子こいて来たからって、アメリカの流儀に合わせる筋合いなどありません。
いやむしろアメリカに倣って国内産業を守るべきでしょうね。
だってその産業の人たちは、大切な消費者なんですから。
効率化を求めて、余分を切り捨てろという人は、自分が余分になった場合の覚悟はあるんでしょうね?
他者を助けない人など、助けるに値しない。
僕はそう思います。

魔法の材料ございます7巻発売されました

本日7月16日が、GA文庫の発売日です。
既に一昨日から一部書店には並び始めたようで、もう売り切れたという嬉しい情報も入っております。

そんなわけで、うちの娘をどうぞよろしく。

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GAグラフィックで内容紹介

魔法のございます7巻の内容がGAグラフィックで紹介されました。

「魔法の材料ございます」は第7弾。畑を焼き、人々を飢え死にさせようとする謎のドラゴンが襲来。この未曾有の危機に三代目は、ドラゴンをマルブドークの街に誘い込んで倒そうとするのですが!?

他にもGA大賞受賞作の2巻も登場。

「おとーさんといっしょ!」。第2弾はルーとノノがやって来て騒々しくなったリュウの日常に再び波乱の気配!? 「王」としてのルーを調べたいと、3人は円卓政府によって、再び円卓都市に招かれたのですが、都市にはルーを狙う怪人が跋扈していて……。

GA文庫は7月15日発売予定。
どうぞよろしくお願いします。

魔法の材料ございます7巻の表紙とあらすじ

Amazonさんにて表紙とあらすじとが公開されています。

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ドラゴン襲来!?
突然国土を蹂躙しはじめたドラゴンに対処するため出陣するリア=メイ。
そして、いまや魔法使い連盟の代表となった三代目は、この危機にどう立ち向かう!?


「ドラゴンをマルブドークの町で迎撃せよ」

旦那様が魔法使い連盟の代表として出した命令に、町は浮き足だっています。
でもリリアーナ王女様を始め、たくさんの方が事前に準備をなさっているので、不安はありません。
むしろリア=メイさんの、旦那様に対する気持ちの変化のほうが、気になったりして……?

と、とにかく旦那様が考えた作戦ですもの、きっとうまくいきます!

……そして、遂にその時がやって来ました!
神殿の鐘が鳴り響き、ドラゴンの 接近を警告。
お店の地下に避難しようとする私ですが、そこに荒くれ者達がやって来て……!?
緊迫の「魔材」第7弾です!


来月の発売までお待ちください。

魔法の材料ございます新壁紙

魔法の材料ございますの新しい壁紙がGA文庫のサイトに登録されました。
蔓木鋼音先生の渾身のイラストであなたのデスクトップを飾ってください。

こちらの6巻ですが、Amazonさんで中身が見られます。
未読の方は是非どうぞ。

魔法の材料ございますシリーズ、お陰様で好評のうちに重版が決まりました。
6巻の重版分の印税も義捐金に寄付いたします。
それもひとえにお買いあげくださった読者の方々のお陰です。
本当にありがとうございます。

続巻を買っていただくということは、作品に対する最高の評価だと思っております。
今後も読者の皆様の期待を裏切らないよう懇切丁寧に書き続けていく所存です。

今後ともどうかよろしくお願いします。

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