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物書きゆえの職業病

魔法の材料ございますでデビューして、一応僕はプロの物書きとなったわけです。
でもそんな時期から、ある現象に悩まされるようになりました。
小説やマンガなどが、今までのように楽しめなくなった。
アニメとかドラマを見ているとやたら疲れる。
いったい僕はどうしたのか?
明治の文豪の作品を読んでいるとき、その理由が分かりました。

無意識のうちに作品を添削していたんです。

「中高生にこの表現はないだろう」
「当時の常識は説明されなきゃ理解されないよな」

自分の原稿を読み返すがごとく、僕は逐一突っ込みを入れていたのです。
小説やマンガなら自分のペースで読めますが、映像は勝手に流れてゆきます。
そりゃ疲れるわ。
もう脳が普通の人と違う働きをするようになってしまったのです。
普通のおっさんにはもう戻れません。

それからストーリーがあるものはゲームだろうと避け、気晴らしの読書は実用書や資料。
ゲームもRPGやアドベンチャーではなくアクション、具体的にはモンハン。
今まで一番好きだった、小説を読む楽しさが、失われてしまいました。
職業病と言いましょうか、業と表現しましょうか。
まさに修羅の道です。

しかし現状の作品を無視していては、ありきたりなままで終わってしまいます。
それ以上に、巷にあふれる作品群が読めないなんて悲しすぎます!

どうにか小説を読めないか苦心した末、昨日から音読をはじめました。
自分の原稿を添削するとき、僕は音読します。
リズムが悪いとすぐ分かりますし、同じ単語が近くにあると見つけやすいこともあります。

音読をしてみると、時間はかかるが読めます。
そして自分の原稿のように、あちことにチェックします。
電子書籍なので赤ペンチェックはできないので、心の中で添削です。
そうして読んでいて、ふと気づきました。
自分は今、この作品をより良い形にしようとしている。
もちろん、僕より優れた人の書いた作品ですから、僕ごときがそれ以上にできるわけがない。
でも「僕ならこうする」という個性の確認はできます。
○○さんが書いたから○○流になるように、葵東が書いたら葵東流になるのです。
そして、作品をよりよくするために読むと言えば、それは編集さんがやるじゃないですか。

人間の脳は読むときと書くときで使う部分が違う。
これは僕が体感したことですが、書くときは自分は物書きになるわけです。
では読むときは?
職業病で、もう僕は読者には戻れません。
ならば、添削をする編集になればいい。
編集として、この作品をどうするか。
その視点なら僕はより深く作品を読むことができるのです。

今日気づいて、僕はまた小説を楽しめるようになりました。
今までとは違う、まったく新しい読書の楽しみです。

なんだかレベルアップした気分になりました。

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