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2012年11月の4件の投稿

革新都知事の大罪

戦後最悪の都知事は間違いなく美濃部 亮吉(みのべ りょうきち 第678代)である。

マルクスかぶれで老人医療費無料化など「福祉重視」の都政を行った革新都知事として知られている。

しかしその実態は財源を無視したばらまきで、経済学者のくせして都の財政を悪化させた無能である。

しかし彼の行った最大の罪は道路整備の阻止である。

「ひとりでも反対者がいたら工事しない」

と一部の人間を優遇し、道路を求める多数を切り捨てた不公平極まりない政策を行った。

特に東京外郭環状道路を凍結した罪は重い。

それ以前から都心部の渋滞は酷く、そのため首都高が建設されたのである。

だがその首都高は東名高速や中央高速、東北自動車道などと結ばれたため、各高速道路を結ぶハブの役割を持つことになってしまった。

想定以上の車が流れこみ、慢性的に渋滞、都心部のバイパスとしての機能が失われた。

その対策として外郭環状道路の整備が決まっていたのを、美濃部が阻止したのである。

結果、都心部の主要道路はさらに渋滞し、抜け道利用の車が生活道路に流れ込むことになった。

地元民以外の利用が想定されていなかった道路を、高速で突っ切る車が続出し、交通事故を多数引き起こした。

一番の被害者が、子供と高齢者である。

美濃部が道路整備を阻止したため、子供と高齢者が輪禍に襲われた。

「福祉重視」の革新都知事が、福祉の対象である子供と高齢者の命を奪ったのである。

この事実を忘れてはならない。

美濃部のせいで四半世紀たった今も外郭環状道路は中央道と東名道を結べずにいる。

今も都心部の都民たちは輪禍に襲われ続けているのである。

近く都知事選がある。

革新派が押す候補がいるがその候補が明言した。

「外郭環状道路を凍結する」

美濃部の悪政を再現する愚か者がまた都知事になろうとしている。

いったいいつまで都心部の都民たちは「福祉重視」に踏みつぶされなければならないのか?

「都心には子供も高齢者も住むな」と言うのか?

ちなみにマルクス主義の国々は反対者など無視して道路を整備した。

隣の中国ではこんなことも。

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断じて「きれい事を並べる」革新派を都知事に選んではならない。

その裏を見て、自分で考えて投票していただきたい。

現実主義者たる武士の末裔の私見

Twitterでのついーとをまとめ、追記しました。

「軍隊があるから戦争が起きる。なら軍隊をなくせば平和になるはずだ」

そう考えて軍隊を廃止した国があります。

日本です。

戦後の話ではありません。
平安時代に軍隊を解散し、当時の憲法である律令から軍隊の条項を削除したのです。

世界に先駆けて日本は非武装国家となりました。

はたして平和となったでしょうか?

当時、軍隊には治安維持の役割もありました。
その軍隊がなくなったため、各地で盗賊が暴れました。

困った国民は有力者を中心に武装し、自衛するようになりました。

それが武士の始まりです。

武士とは、非現実主義の政府の失政に困った国民が、現実的な対応の末に生まれた存在だったのです。

税金を取るだけで治安維持を放棄した朝廷から人心は離れ、ついに改革者が現れました。

平将門公が関東を掌握、独立を宣言したのです。

朝廷には軍隊はありませんから、対応には武士が動員されました。

残念なことに将門公は落命しますが、その後は関東の守護神として今も神田明神に祭られています。

元々東国の民は大和朝廷に征服された側ですから、朝廷に恩義などありません。

将門公が灯した火種は残り、やがて鎌倉幕府によって武士が実権を朝廷から奪うに至りました。

これって世界に先駆けた市民革命ではありませんか?

武士は自衛のため武装した国民なのですよ。

総大将こそ天皇の血筋である源氏でしたが、国民が望んだ革命でした。

事実その後も「いざ鎌倉へ」と、恩義と奉公の関係が続くわけです。

江戸幕府が兵農分離するまで、足軽などの下級武士は平時は農業などをし、戦は農閑期にやるのが通常でした。武器は自前。だから戦国時代まで、各農家には武具があったわけです。

ここにまた改革者が登場します。

織田信長公です。

他の武将が重農主義だったのに対し、彼は重商主義でした。

楽市楽座などで商業を活性化させ、堺などを使い貿易により富を得ました。

その富で傭兵を買い、武器を与え、農閑期以外にも戦ができる常備軍を備えたのです。

尾張兵は弱いとされていましたが、そんな信長公が天下統一を目前までにしたのは、圧倒的な経済力があったからです。

その跡を継いだ豊臣秀吉が刀狩りをしたのは、他の大名の足軽である農民から武器を取り上げることが目的でした。

この辺、高校の教科書では平然と嘘が書いてありましたね。

当時は国民=武士だったのです。

江戸幕府が兵農分離をしたため、武士と国民とが分離します。

そして明治維新、四民平等で武士は特権を失いました。

ところが新政府で実務の主力となったのは、旧幕臣たちでした。

徳川慶喜公が人材を残しつつ上手に敗戦してくれたからこそ、明治の奇跡は起きたのです。

廃藩置県です。

史上初、封建貴族が一滴の血も流さず一夜にしてその地位を返上したという快挙です。

幕府が見苦しく抵抗したら欧米列強に支配される。

それを見越したからこそ、慶喜公は決戦前夜に戦線離脱という最高司令官にあるまじき最低な行為をしたのです。

主戦派を要所要所で討ち死にさせ、実務担当者を生き残らせる。それが慶喜公の考えでした。

江戸城は無血開城され、江戸での戦は上野の山だけ。

これほど上手に負けた武将を僕は知りません。

日本の独立を守るためとはいえ、臣下を死なせ続ける彼の胸中はいかほどだったか。

そして明治政府が動き出せば、自らは政治を省みず遊び惚けました。

そして、長生きしました。

自分が死ねば、後継者を担いだ跳ね上がりが出る。

だから長生きしたのです。

そして明治35年に政治に復帰、明治政府の議員になりました。
江戸幕府の火は完全に消えたのです。

慶喜公が亡くなったのは大正2年でした。

彼がいなければ、今の日本はなかったと僕は信じています。

平安貴族の非現実的失政のため、必要に迫られて生まれたのが武士です。

彼らは苦難にあっては極めて現実的対応をしてきました。

平安以降、時代を変えてきたのは常に武士たちです。

しかし文明開化を迎え時代が進んで武士たちは消えてゆきます。

するとまた、古来から連綿と続く非現実主義者が台頭してきました。

代表格が近衛文麿です。

近衛の名字が示すとおり元は公家です。

近衛内閣が「蒋介石は相手にせず」と、日中戦争を泥沼化させたのです。

アメリカが中国に肩入れして中立国を止めたあと、東条英機が尻ぬぐいとして総理になるわけです。

別に東條を庇う気はありません。奴は軍人として無能であり、政治家としても大したものはありません。

ですが、対米戦争への道筋をつけたのは近衛文麿です。東條ではありません。

でも近衛文麿なんて普通の人は知りません。

なぜなら自殺したからです。

死人だから東京裁判にかけられず、その罪はそっくり東條に被せられたわけです。

ちなみにヒトラーも戦犯ではありません。

こいつも自殺したからです。

死人は裁けない。だからそのツケを誰かになすりつける。

それが戦勝国のやった茶番、東京裁判です。

占領軍による私刑で殺されたわけですから、戦犯も戦死者だと僕は思います。

日本は千年前から、現実主義の武士が権力の座にいたときは他国からの侵略を撃退し(刀伊の入寇。元寇)列強からの干渉からも独立を維持して近代化できました。

有色人種国家で唯一国際連盟の常任理事国にもなれたのです。

武士は改革者です。

武士が保守化すれば、幕府が交代したように別の武士が改革してきました。

右翼と左翼の定義を知っていますか?

保守派が右翼で、改革派が左翼です。

江戸幕府を倒した武士が新たに作った大日本帝国は、分類上左翼国家となりますね。

定説に正面衝突だ!

でも封建貴族を廃して普通選挙を行う保守国家がどこにありますか?
メチャクチャ改革してるじゃないですか。

それを「革新とは社会主義だ」と盲信したのが近代の左翼たちです。

「国家社会主義は右翼だ」と宣うんですよね。

サヨクの人は「大日本帝国は民族主義だ!」と右翼にしたがりますが、左右は改革か保守かの姿勢の区分で、民族主義とは別次元の話です。

ナチスの和訳をご存知ですか?

「国家社会主義ドイツ労働者党」

労働者のための社会主義政党です。

左翼ですね。

民族主義は、国民統制に便利だから利用したまでです。

現に理想とされるアーリア人は金髪ですが、ヒトラーは黒髪。

人種からして違います。

ナチスドイツがベルサイユ条約を破棄してオーストリアを併合してなお、どうして諸外国が黙視していたか。

世界史の教科書には「ソ連に対する対抗勢力にしようとした」と書いてありました。

嘘です。

なぜならポーランドという国はソ連とドイツに挟まれています。

ドイツが再軍備してどうして安心できましょう?

本当のところはは他国でも社会主義が台頭していたから「仲間だ」と思っていた、あたりですか。

ポーランドが攻められて、ようやく他国は過ちに気づいたけど遅かった。あとは歴史のとおり。

大日本帝国やナチスドイツでも納得できないなら、中華人民共和国はどうです?

中国共産党の「漢民族政策」は?

愛国教育は?

社会主義や共産主義と、民族主義は簡単に手を結ぶんですよ。

でも社会主義も共産主義も、きれい事のメッキを剥がせば「戦争より多くの自国民を虐殺した」狂気の国ばかりでしたね。

毛沢東とスターリンが殺した自国民を足せば億を超しますよ。

このふたりに比べたら、ヒトラーなんて前座でしかない。

社会主義も共産主義も大日本帝国も、過去の遺物です。

憲法は時代に合わせて変えるのが世界の常識。

憲法を変えなかったため滅んだ国があります。

大日本帝国です。

同じ轍を踏むのは保守、右翼のやることです。

だから僕は明言します。

「護憲を唱える人間は右翼だ」

また定説に頭から突っ込んだ!

でも本来の左翼は改革派ですから、現状を変えるのが筋。

世界は変わってゆくのですから、過去の郷愁など文化だけに留めるべきです。

政治は冷徹な現実主義でなければなりません。

平将門公から明治維新まで、国民たちには皇室への憧憬はなかったはずです。

歴代天皇を揶揄した狂歌が残っているほどです。

薩摩人と津軽人は言葉も通じない、別民族でした。

国家統一のため作られた民族が大和民族です。

本当の保守、民族主義は田舎に残っています。

各地域で明治以前の価値観が、少なくとも昭和までは残っていました。

京都で「戦争」と言ったら応仁の乱だそうで。天皇は東に行幸されているとも。

でも作られた民族だからと、大和民族を僕は否定しません。

それで近代化を成し遂げたのだから、間違いではなかった。

ただ、今の世にその時代の常識は通じない。

だから時計の針を戻すことはしてはいかない。

同じことは社会主義や共産主義にも言えます。


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世紀の前半は戦争の時代で、後半は左翼国家による自国民虐殺の時代でした。

世界中の左翼はほとんど目を覚まし、左翼を嫌ってリベラルと称している。

中国共産党に尻尾を振るなんて日本人くらいです。

ベルリンの壁は崩れたのに、バカの壁はビクともしない。

今日本で言う所の右翼も左翼も、過去の思想にすがる保守派、守旧派でしかない。

過去の価値観に縛られた人間には未来は語れない。

僕は言いたい。

「現実を見ろ」

地球儀を見れば、日本が置かれた位置が分かるでしょう。

ユーラシア大陸の東の防波堤です。

太平洋のかなたから大陸への進路を塞ぎ、大陸から太平洋に乗り出そうとする覇権主義の前に立ちはだかる壁。

太平洋の東西二つの大陸に挟まれた線状国家、それが日本です。

日本が独立し続けるための選択肢は3つ。

東に付くか、西に付くか、孤高を守るか。

西は独裁政治がしかれた専制国家です。

西に付いたらいずれ吸収されます。

チベットを見れば一目瞭然。

中国とは絶対に結べない。

そして中国は核兵器を持っています。

孤高を守るには抑止力としての核兵器保持が最低条件。

しかし核武装は非現実的。

核を持とうとすれば世界中から経済制裁されます。

資源がない日本にとり、貿易の停止は死を意味します。

でも、いざというときに備えて、核兵器保有力を維持するのは外交として正道です。

プルトニウムの平和利用は、中国の野心を挫くために必要なことです。

つまり消去法で、日本が独立を続けるには東、アメリカと組むしかないのです。

現状では。

でも未来に、中国共産党が滅亡して東アジアが民主化されたら、アメリカとの同盟を解消するのもありです。

未来の話ですよ。
今すぐはあり得ない。

フィリピンが米軍基地を追い出した途端、南沙諸島に中国は侵略をはじめました。

あれはアメリカから日本への警告です。

「米軍が撤退したら中国に侵略される」

中国という脅威がある以上、きれい事を抜かして日本の独立を脅かす者に力を与えてはなりません。

具体的方策は、彼らと対立する候補を選挙で選ぶことです。

大手マスコミがいかに嘘ばかりか、政権交代でわかりましたね?

そしてフリーのジャーナリストたちの嘘も、震災で露呈しました。

情報は自ら求め、候補と接触して自分の考えを訴えましょう。

そして大事なのが政治献金です。

国民が政治家に献金しないから、お金になる所が優遇されるのです。

個々人は大した額ではありませんが、数が揃えば影響力も出てきます。

組織票を潰すには、投票と献金しかないのです。

地元代議士の事務所くらいは調べましょう。

政治思想が違おうと、この国を中国に売り渡す連中に比べたらマシなはず。

面倒くさい?

それが主権者としての義務です。

特権階級である武士から主権を奪った日本国民には3つの義務が生じました。

《投票、納税、国防》

国民国家の三大義務はこれなんです。

学校が教える三大義務なんて嘘っぱちです。

1投票の義務。(参政の義務)

主権者が国の舵取りしないでどうします?

日本は間接民主主義ですから、代表を選ばなければなりません。

投票放棄は主権の放棄です。

主権者でないなら、以後社会保障の対象外にしてもいいでしょう。

2納税の義務。

自分たちの国を動かす費用ですから、自分たちが出すのは当然ですね。

脱税には重罪を。

隠した所得は全額没収のうえ、重加算税くらいでよいのでは?

3国防の義務。

江戸時代は武士が主権者だったため、武士だけに科せられていました。

でも国民国家になった以上、国民が国を守のは当然です。

永世中立国スイスは国民皆兵で、各家庭に自動小銃があります。

でも戦争してませんね?

軍隊=戦争な人は、平安貴族と同じ過ちを犯すだけで有害です。

とりあえず僕が「自分で得た情報」を元に保守と改革、現実と非現実などをつらつらと書いてきました。

情報に偏りもあれば、ベストな対応ではないことでしょう。

なら、より「現実に即した対応」を主張してください。

主張の手段ならここにあるじゃないですか。

以上、現実主義者であり改革者たる武士の末裔の私見でした。

ご静聴ありがとうございました。

物書きゆえの職業病

魔法の材料ございますでデビューして、一応僕はプロの物書きとなったわけです。
でもそんな時期から、ある現象に悩まされるようになりました。
小説やマンガなどが、今までのように楽しめなくなった。
アニメとかドラマを見ているとやたら疲れる。
いったい僕はどうしたのか?
明治の文豪の作品を読んでいるとき、その理由が分かりました。

無意識のうちに作品を添削していたんです。

「中高生にこの表現はないだろう」
「当時の常識は説明されなきゃ理解されないよな」

自分の原稿を読み返すがごとく、僕は逐一突っ込みを入れていたのです。
小説やマンガなら自分のペースで読めますが、映像は勝手に流れてゆきます。
そりゃ疲れるわ。
もう脳が普通の人と違う働きをするようになってしまったのです。
普通のおっさんにはもう戻れません。

それからストーリーがあるものはゲームだろうと避け、気晴らしの読書は実用書や資料。
ゲームもRPGやアドベンチャーではなくアクション、具体的にはモンハン。
今まで一番好きだった、小説を読む楽しさが、失われてしまいました。
職業病と言いましょうか、業と表現しましょうか。
まさに修羅の道です。

しかし現状の作品を無視していては、ありきたりなままで終わってしまいます。
それ以上に、巷にあふれる作品群が読めないなんて悲しすぎます!

どうにか小説を読めないか苦心した末、昨日から音読をはじめました。
自分の原稿を添削するとき、僕は音読します。
リズムが悪いとすぐ分かりますし、同じ単語が近くにあると見つけやすいこともあります。

音読をしてみると、時間はかかるが読めます。
そして自分の原稿のように、あちことにチェックします。
電子書籍なので赤ペンチェックはできないので、心の中で添削です。
そうして読んでいて、ふと気づきました。
自分は今、この作品をより良い形にしようとしている。
もちろん、僕より優れた人の書いた作品ですから、僕ごときがそれ以上にできるわけがない。
でも「僕ならこうする」という個性の確認はできます。
○○さんが書いたから○○流になるように、葵東が書いたら葵東流になるのです。
そして、作品をよりよくするために読むと言えば、それは編集さんがやるじゃないですか。

人間の脳は読むときと書くときで使う部分が違う。
これは僕が体感したことですが、書くときは自分は物書きになるわけです。
では読むときは?
職業病で、もう僕は読者には戻れません。
ならば、添削をする編集になればいい。
編集として、この作品をどうするか。
その視点なら僕はより深く作品を読むことができるのです。

今日気づいて、僕はまた小説を楽しめるようになりました。
今までとは違う、まったく新しい読書の楽しみです。

なんだかレベルアップした気分になりました。

魔法の材料ございます完結しました!

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デビューから足かけ四年「魔法の材料ございます」シリーズがついに完結の運びとなりました。

ひとえに、シリーズを応援してくれた読者の皆様たちのお陰であります。

心から感謝いたします。

さて、僕は物語を書くにあたり、推敲をしません。

推敲とは国語の時間、作文の授業で習ったことでしょう。

三省堂の大辞林ではこうされています。

「詩文を作るとき、最適の字句や表現を求めて考え練り上げること」

唐の時代にある詩人が推の字にしようか敲の字にしようか悩んでいたところ、偉い詩人さんから敲がよいと教わったという故事からできた言葉です。

国語の先生は大切なことのように教えてくれました。

でも僕は物語を書くにあたって推敲なんてしません。

驚きましたか?

でも不思議なことではないのです。

なぜなら物語を書くことは、作文を書くこととは、まったく別の作業だからです。

今はどうか知りませんが、作文を書くとき僕は先生からこう言われました。

「好きなように、感じたまま書きなさい」

でも、好き放題に自分がした悪行を羅列したところで、待っているのは生活指導室です。

作文とは、極言すれば「自分がいかに良い子であるかを伝える宣伝」なのです。目的は先生のから評価を得ること。面白さなんてまったく関係ありません。

一方、物語は不特定の読者に読んでもらうことが目的です。

ひと口に読者といっても、人間が本を書棚から取りだす目的は様々です。

笑いたい人もいれば、悲劇に胸を熱くしたい人もいる。推理で知的刺激を得たい人がいれば、エロを求める人もいる。冒険にワクワクしたかったり、恋愛でドキドキしたかったり。

そして手にした本が目的に沿ったものでなければ、読者は最強の札を切るのです。

本を棚に戻す。

読者はいつでも読むのを止められます。だから物書きは、読者を引きつけるために工夫を凝らさねばなりません。そんなことが「好きなように、感じたまま」で出来るわけがない。

ましてや推敲とは詩という極めて少ない文字数を扱うのに使われる言葉です。

長編ストーリーになるほど全体の構成やキャラクターの魅力などが重要となり、一言一句の持つ重みは相対的に下がるのです。

では僕が原稿を直さないかと言ったらさにあらず。僕の改稿はハンパじゃありません。

プロットが通って最初に書いた原稿を初稿と言いますが、それを編集さんにチェックしてもらいます。

そして打ち合わせでどう直したらいいか、徹底的に話し合うのです。まとまるものもあれば、保留になるものも、ボツになるものもあります。

打ち合わせが終わったら、チェックされた原稿をディスプレーの横にぶら下げ、それを見ながら冒頭から全部書き直します。

そう、もう一度最初から最後まで全部書き直すのです。一言一句など気にしていられません。勢いで書きます。

そして出来た原稿をもう一度編集さんにチェックしてもらい打ち合わせて、また最初から書き直しです。

一本の小説を書き上げるのに、僕は最低三回は通しで書いています。

なぜそんな手間を?

人間の脳は複雑です。そして仕事にするほど文章を書いている人ならわかるでしょうが、読むときと書くときとでは、使う脳の部分が違うのです。

大量の文章を書いて脳が疲れたあとでも読書ができるのは、そういう理由です。

投稿時代、僕は書き上げた原稿を印刷して、音読しながら赤ペンでチェックし、それを見てまた書き直すという練習をしていました。

これはプロの小説家から教わった練習法です。

「素人作家が手を抜いてどうする?」

と指導され、労を惜しまず修業をしたものです。

それが今も続いているのは、プロとして僕はまだまだ駆け出しだからです。

尊敬する某有名作家さんは、そのまま校正に回せるほど完成度が高い初稿を出します。その領域に達するには、今も素人同然だと思っていなければ、とてもとても。

それに僕は書いているときにアイデアが湧いてくるタイプです。そしてそれ以上にアイデアが湧くのは、編集さんに原稿を渡したあと「しまった」と後悔するときです。

書いているうちにアイデアが浮かべば盛り込み、原稿を送付してからの後悔はメモします。そして編集さんとの打ち合わせで切った貼ったをして、脳内でもう一度構成しなおして、頭から書き直すのです。

大変だと思われるでしょうが、僕はこの改稿作業が大好きです。だって作品がどんどん良くなっていくのですよ? 原石が宝石に磨かれていく過程の楽しさは、作者と編集者だけしか知らない喜びです。

そうして第三稿あたりが外部校正を経て著者校正となります。そのときくらいですね。一言一句を気にするのは。

そのときの注意点も、いかに美辞麗句を並べるかではなく、いかに中高生がスムーズに理解できるか、です。

推が敲になったところで、物語の面白さにどれほど影響します?

それよりもわかりやすさの方がはるかに大切です。

時間を忘れて作中世界に入れることが、物語を読む一番の楽しさじゃないですか。

僕は子供の頃、そんな物語に夢中でした。

でも偉い人たちは国語の教科書に載るわかりにくい作品を褒めます。

あるとき僕の好きな物語が教科書に載りました。後半部分だけ……

物語に対する冒涜ですよ。

前半の積み重ねがあるから、後半が輝くのに。

「教科書を作る人たちはストーリーという概念さえ怪しい連中だ」と、子供ながらに理解しましたよ。

僕は文学部に行かないどころか、文学の概論さえ知りません。そうした学問を身につけた人たちが「好きなように、感じたまま」書けと言い、つまらない教科書を作っていると思うと、意味のないことだと思いまして。

僕は教科書に載るような作品なんか書きたくないし、載せてもらいたくもない。

腕が悪い調理人に、製魂込めた食材を生産者が卸したいと思いますか?

ましてや「このときの作者の気持ち」なんて、愚問など出されたくない。

僕の気持ちは冒頭から巻末まで首尾一貫「読者に楽しんでもらいたい」だけです!

とまあ、作文と物語とは、まったく次元が違う存在なのです。

どちらが良いか悪いかなどではなく、異質で相容れない存在です。

推敲に使う労力があれば、いかに読者を作中世界へ誘うか、に注いできました。

そうやって三年半続けました「魔法の材料ございます」シリーズは、いかがだったでしょうか?

読んでいるといつの間にか時間が経っていた。

そんな体験をしていただければ、作者にとってこれ以上の喜びはありません。

長い間の応援、ありがとうございました。

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